翼状肩甲骨症では、肩甲骨の安定化筋群(前鋸筋、僧帽筋、菱形筋など)の機能低下が起こることで、肩甲骨の不安定化が生じています。
肩甲骨の不安定性は肩関節の不安定性の原因になりますが、それによりインピンジメント症候群などが誘発される場合もあります。
本記事では翼状肩甲骨症の原因・症状・治療法について解説してあります。
原因
翼状肩甲骨とは、肩甲骨内側縁が胸郭から離れ後方に突出した状態のことです(下の写真)。
翼状肩甲骨症にはいくつかの原因がありますが、長胸神経障害と脊髄副神経障害が比較的好発します(それぞれ、前鋸筋と僧帽筋に神経支配を持っている)。
また、肩甲背神経障害(肩甲挙筋、大菱形筋、小菱形筋の神経支配)が原因のこともありますが、比較的稀です。
従って、翼状肩甲骨症は、これら3つの神経障害により肩甲骨に不安定性が起こることで現れる症状のことです。
- 長胸神経障害
- 肩甲背神経障害
- 副神経障害
長胸神経障害
長胸神経は前鋸筋に運動支配を持っているため、長胸神経障害によって前鋸筋の機能低下が起こり、それが翼状肩甲骨症を引き起こします。
前鋸筋は肋骨に起始を持ち、肩甲骨前側の内側縁に停止を持っています。
特に前鋸筋の上部線維束は、第1・2肋骨に起始を持ち、肩甲骨上角の前側に停止を持っており、肩甲骨を胸郭上で安定化させる機能があります。
- 起始:第1・2肋骨、停止:肩甲骨上角前面
- 起始:第2肋骨、停止:肩甲骨前面の内側中央
- 起始:第3~第9肋骨。停止:肩甲骨前面の下部
肩甲背神経障害
肩甲背神経はC5頚神経から分岐した後、菱形筋の下層を肩甲骨内側縁に沿って下行しています。(下図)。
肩甲骨の挙上と外転をコントロールしています。
肩甲背神経の支配筋は以下の通りです。
- 肩甲挙筋
- 大菱形筋
- 小菱形筋
従って、肩甲背神経障害では上記3つの筋肉の機能低下が起こり得ます。
これらの筋肉は全て肩甲骨に付着部を持っているため、機能低下により肩甲骨の不安定性が引き起こされます。
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副神経障害
副神経は僧帽筋と胸鎖乳突筋に支配を持っています。
従って、副神経障害ではこれら2つの筋肉の機能低下が起こります。
ただし、翼状肩甲骨症は僧帽筋の機能低下が原因になります。
また、副神経は後頚三角を横切っています(下図)。
副神経障害の原因は主に以下の2つがあります。
- 医原性
- 傷害性
医原性の副神経障害は、1950年代まで後頚三角のリンパ節除去手術において多発しました。
現在は新たな技術の発達に伴い、そのようなことは少なくなっています。
しかし、がん細胞の除去をこの領域で行う必要がある場合、副神経障害を余儀なくされることが未だあります。
また、後頚三角の直接的な打撲、または頭頚部の牽引傷害(むち打ちや転倒など)によっても、副神経障害が引き起こされることがあります。
症状
肩甲骨の不安定性
翼状肩甲骨症では肩甲骨の不安定性が起こっているため、主な症状は肩関節に関連したものになります。
肩甲骨の不安定性は、上腕骨(肩甲上腕関節)の不安定性を引き起こします。
従って、肩関節の痛みや筋力低下、可動域制限などが現れます。
また、翼状肩甲骨症にはインピンジメント症候群が併発していることも多いです。
そのため、棘上筋腱炎や上腕二頭筋長頭腱炎、肩峰下包炎などによる肩の痛みを訴えることがあります。
さらに肩甲骨の下制により頚部軟部組織が慢性的に伸張されるため、頚部の痛み、神経根や腕神経叢への牽引負荷が増加することで上肢への関連痛が現れることがあります。
肩甲骨と胸郭のインピンジメント
また、上肢の動きに伴い捻髪音が生じることがあります。これは、肩甲骨と胸郭(肋骨)の間でインピンジメント(衝突)が起こることで生じます(肩甲骨轢音症)。
肩甲骨と胸郭の間には滑液包があるため、この症状が慢性化すると滑液包炎に発展することがあります。
その場合、肩甲骨内側縁に痛みが現れます。
下図は肩甲骨と胸郭の間にある滑液包(紫色)の部位を示しています。
- 肩関節の痛み、筋力低下、可動域制限
- インピンジメント症候群の併発(棘上筋腱炎、上腕二頭筋長頭腱炎、肩峰下包炎など)
- 頚部痛(肩甲骨下制による伸張)
- 上肢への関連痛(神経根障害、腕神経叢障害)
- 肩の動きに伴う捻髪音(肩甲骨と胸郭のインピンジメント)
- 肩甲骨内側縁の痛み(滑液包炎)
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検査
翼状肩甲骨症の検査法は、原因によって異なります。
前鋸筋(長胸神経障害)ではプッシュアッププラス、僧帽筋(脊髄副神経)では肩外旋への抵抗運動検査、菱形筋(肩甲背神経障害)では肩の自動的伸展運動検査を行います。
- 前鋸筋:プッシュアッププラス
- 僧帽筋:肩外旋への抵抗運動検査
- 菱形筋:肩の自動的伸展検査
前鋸筋:プッシュアッププラス
腕立て伏せの体勢(四つん這い)を取ります。
両肘は完全伸展位のまま、肩甲骨を外側へ動かします(外転)。
肩甲骨内側縁が後方に突出した場合、陽性反応となります。
僧帽筋:肩外旋への抵抗運動検査
肩90°外転位において外旋への抵抗運動を行います。
僧帽筋の機能低下がある場合、肩甲骨全体が外方へ変位するとともに肩甲骨上角が外方へ変位(下方回旋)します。
菱形筋:肩の自動的伸展検査
肩の自動的伸展により、肩甲骨の下角が外方に変位(上方回旋変位)する場合、肩甲背神経障害による菱形筋の機能低下が起こっています。
治療法
アジャスメント
アジャスメントは特に以下の部位に対して行うようにします。
- 肋骨
- 肩関節
- 胸椎
肋骨
肋骨は内旋変位をしていることが多いです。特に上・中部肋骨(第1肋骨~第7肋骨)の内旋変位の有無を確認しましょう。
肩関節
肩は以下の4つの関節の複合体です。
- 肩甲上腕関節(上腕骨頭~関節窩(肩甲骨))
- 肩鎖関節(鎖骨遠位端~肩峰端(肩甲骨))
- 胸鎖関節(鎖骨近位端~胸骨)
- 肩甲胸郭関節(肩甲骨~胸郭)
これら全ての関節のフィクセーションの有無を確認し、必要であればアジャスメントを行います。
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胸椎
翼状肩甲骨症の患者の場合、胸椎が屈曲変位を起こしているケースが多いです(過剰後弯曲)。
特に上・中部胸椎の屈曲変位をよく確かめるようにしましょう。
神経リリース
神経絞扼障害が認められる場合、原因となる神経に対してリリースを行います。
- 長胸神経
- 肩甲背神経
- 脊髄副神経
長胸神経
長胸神経の絞扼は、前鋸筋上部線維束が好発部位です。
従って、長胸神経と前鋸筋上部線維束の交差している領域を中心にリリースを行うようにします。
肩甲背神経
肩甲背神経はC5頚神経から分岐した後、前斜角筋の下層を通り中斜角筋を前から後に向かって貫通しています。
肩甲背神経は中斜角筋の筋腹において絞扼されるため、この領域を中心にリリースを行います。
肩甲背神経絞扼症候群については、以下の記事に詳細がまとめられていますので、ご参照ください。
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脊髄副神経
脊髄副神経は後頚三角を走行しています。
胸鎖乳突筋後縁から出た後、後下方に向かって走行し上部僧帽筋の前縁に入っていきます。
脊髄副神経は胸鎖乳突筋後縁と上部僧帽筋前縁において絞扼されることがあります。
運動療法
- 壁に向かって立ちます
- 肘を90°屈曲させローラーを壁に置き前腕で支えます
- 壁に前腕をつけたまま、ゆっくりと上肢を挙上していきます
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