上部僧帽筋の機能低下が及ぼす影響について

僧帽筋は頭頚部から胸椎、肩甲骨、鎖骨にかけて伸びる大きな筋肉です。

部位により、上部、中部、下部に分けることができます。

肩の挙上(シュラッグ)や肩甲骨の内転などが主な機能と言われています。

本記事では特に上部僧帽筋の機能低下とその影響について解説してあります。

僧帽筋の解剖学

まずは僧帽筋の解剖学についてまとめておきます。

起始;上部僧帽筋-後頭骨、項靭帯、中部僧帽筋-C7-T4(棘突起)、下部僧帽筋-T5-T12(棘突起)

停止;鎖骨遠位1/3、肩峰、肩甲棘

作用;肩甲骨の挙上、下方回旋、内転

神経支配;脊髄副神経、C2-C4

 

詳細は以下の記事をご参照ください。

関連記事

僧帽筋は頭頚部から胸椎、肩甲骨、鎖骨にかけて伸びる大きな筋肉です。 部位により、上部、中部、下部に分けることができます。 主に肩や首の動きに影響を与えます。 本記事では僧帽筋の解剖学と関連症状について解説してあります。 […]

 

上部僧帽筋の機能解剖学

後頭骨からC6の間は、骨への付着がありません。この領域では、上部僧帽筋は項靭帯に付いています。

また、上部僧帽筋の筋線維は遠位ほど太くなっています。

C6(項靭帯)からの線維は鎖骨遠位端に終止しており、C7に起始を持つ筋線維は上部僧帽筋の中でも最も太く、ほぼ水平方向に走行しており、肩峰の内側に停止を持っています。

これらの筋線維の停止は、鎖骨遠位端にあるため、作用は鎖骨遠位端の後内方への牽引であり、肩甲骨の挙上ではありません。

しかし、C7とT1からの筋線維は、肩甲骨回旋の運動軸に近い部位にあるため、特に肩の外転初動において肩甲骨の上方回旋には殆ど寄与していないと考えられます。

外転の終動では、前鋸筋と協働して上部僧帽筋の上方回旋を補助しています。

一方、上部僧帽筋近位の筋線維(上部頚椎から伸びる筋線維)は、遠位に比べより垂直方向に走行していますが、筋線維がとても細いため肩の挙上には不十分です。

さらに項靭帯に付着している筋線維は、骨に付着を持たない上に細いため、骨を動かす作用は小さいと思われます。

以上の解剖学的事実から、上部僧帽筋は鎖骨遠位端を後内方へ動かす作用があると思われます。また、中・下部僧帽筋は上部僧帽筋の機能を補助していると考えられます。

 

 

機能解剖学

従って、上部僧帽筋の機能低下(筋力低下)が起こった場合、鎖骨遠位端は前下方に変位し、肩甲骨は下方回旋変位を起こすことになります。

大切なことは、僧帽筋は肩甲骨の安定化筋であり、肩甲骨を動かすことが主要な機能ではないということです。

つまり、肩甲骨を胸郭上に安定化させることで、三角筋や大胸筋、広背筋などの運動筋が効果的に機能を発揮できるようにすることが僧帽筋の主要な機能になります。

ちなみに、上部僧帽筋の機能低下以外で肩甲骨の下方回旋を促す筋肉には、大胸筋、小胸筋、広背筋があります。

 

上部僧帽筋の筋線維の中で最も強いのが、C6/C7付近から走行している筋線維です。

これらの筋線維は鎖骨遠位端へ向かってほぼ真横に伸びているため、胸鎖関節を圧迫する作用があります。

従って、肩の下制に伴う負荷は上部僧帽筋を介して胸鎖関節に伝達されます。

従って、上部僧帽筋の機能は肩の挙上ではなく、胸鎖関節を支点にして鎖骨遠位端を後上方へ牽引することになります。

 

従って、上部僧帽筋が収縮することで鎖骨遠位端には後内方への牽引力が働き、さらに胸鎖関節には圧迫力が働きます。

  1. 鎖骨遠位端を後内方へ牽引
  2. 胸鎖関節を圧迫

 

上部僧帽筋の機能低下に伴う影響

上部僧帽筋の機能低下により、以下の2つの問題が起こり得ます。

  1. インピンジメント症候群
  2. 頚神経や腕神経叢の牽引障害

 

インピンジメント症候群

上部僧帽筋の機能低下により、鎖骨遠位端が下制します。

それと同時に肩甲骨は下方回旋変位となるため、関節窩が下方に向いた状態になります。

通常よりも関節窩が下方へ向いた状態で上肢を外転していくと、肩峰下スペースの狭窄が発生しやすくなります。

肩峰下スペースというのは、烏口肩峰アーチの下側にできる間隙であり、棘上筋腱や上腕二頭筋腱が走行しています(下図)。

インピンジメント症候群では、上肢の外転に伴い肩峰下スペースの狭窄が発生しています。

この時、上腕骨頭(大結節)と烏口肩峰アーチが、棘上筋腱や上腕二頭筋腱を挟み込みながらぶつかっています(インピンジメント)。

従って、インピンジメント症候群による肩の痛みの原因構造は、棘上筋腱や上腕二頭筋腱ということになります。

上肢を挙上するとき、肩甲骨の安定化筋群とローテーターカフ(回旋筋腱板)が適切に収縮することで肩甲骨の安定化が促されます。

それにより、上腕骨頭の関節内運動(上方回転と下方滑り)が適切な割合で発生し、インピンジメントを回避することが可能になります(下図)。

 

 

上部僧帽筋とローテーターカフ役割は、上腕骨頭が関節窩に対して適切なポジションを維持できるようにすることです。

それにより、三角筋や大胸筋などの運動筋が効率的に機能を発揮できるようになります。

頚神経・腕神経叢の牽引障害

上部僧帽筋の機能(筋力)低下は、頚神経根や腕神経叢への牽引負荷を増加させます。

上部僧帽筋による肩関節の安定化機能が失われることで、肩全体が下方に牽引され、下部頚椎に伸張負荷が加わります。

正確には上肢が前下方に牽引されるため、下部頚椎(特にC6/C7)には同様に前下方へ変位が起こります(前方頚椎症候群)。

前方頚椎症候群についての詳細は以下のリンクをご参照ください。

関連記事

前方頚椎症候群では、下部頚椎の運動障害が起こっています。 また、上位交差性症候群、頚神経根障害、胸郭出口症候群、テニス肘、ゴルフ肘、手根管症候群などの症状が併発していることが多く、それにより頭頚部痛や上肢への関連痛などが自覚症状として[…]

 

上部僧帽筋の機能低下が起こる原因の一つが「痛み」です。

痛みがあると、安定化筋に抑制がかかります。

また、筋収縮の遅延が起こることもあります。

通常、安定化筋群は運動の直前(例;座位から立位になる直前)に収縮が起こることで、関節を安定化させますが、痛みによりそのタイミングが遅延しているケースもあります。

  1. 安定化筋の抑制(機能低下)
  2. 安定化筋の収縮タイミングの遅延

 

肩甲骨下方回旋変位の改善法

  1. 運動療法
  2. テーピング
  3. アジャスメント
  4. 筋膜リリース

運動療法

大切なことは、肩甲骨の安定化筋群(特に上部僧帽筋)の再教育です。

上部僧帽筋の運動療法を行う際、広背筋を強く収縮させないように注意します。

なぜなら、広背筋が収縮することで肩甲骨を下方に変位させてしまうからです。運動療法中はできる限り、広背筋が中立位を維持できるようにします。

こちらの写真をご覧ください。

左肩が下制しており、左肩甲骨が下方回旋変位を起こしています。

このような場合、肩甲骨上角の内転を行います(上部僧帽筋の中でもっとも強い筋線維を刺激)。

ここで注意が必要です。

それは、安定化筋の運動療法では、動作はゆっくり、収縮ポジションで数秒間アイソメトリック、最大筋力の10%から30%で行うことです。

  1. 動作はゆっくり
  2. 収縮ポジションで数秒間のアイソメトリック
  3. 最大筋力の10%から30%

エクササイズ1

肘を曲げ、上肢は30°外転位で壁の前に立ちます。また、小指は壁に付いた状態です。

この状態から両肩をすくめます。肘を後上方へ引き、両側の肩甲骨を内転させていきます。

最大収縮ポジションで5秒から10秒維持してください。これを3レップスから6レップス反復します。

1日2回実施してください。

エクササイズ2

このエクササイズは、関節窩に対して上腕骨頭を圧迫させるイメージで行います。

仰向けになり肩の高さまで上肢を挙げます。

そして、上腕骨頭を関節窩に向かって圧迫します。この状態を10秒間維持した後、2-3秒リラックスします。

1セット10回を一日2回行います。

この運動中、肩甲挙筋が過剰に収縮していないことを確認してください。

テーピング

症状が強く現れている場合、テーピングも有効です。

テーピングにより上部僧帽筋やローテーターカフの機能を補い、肩関節の安定性を促すことができます。

C6-7付近の項靭帯から肩鎖関節に向かってテーピングをすることで、肩の高さを正しい位置に維持することができます。

アジャスメント

下部頚椎

下部頚椎、特にC6/C7は前方変位を起こしていることが多いです。

下部頚椎の前方変位は、肩関節周辺筋の機能低下の原因になります。

肋骨

上部肋骨(第1~第4肋骨)では、内旋に変位していることが多いです。

肋骨が内旋変位を起こすことで、肩甲骨の運動障害が引き起こされます。

筋膜リリース

肩甲挙筋、菱形筋、斜角筋、上後鋸筋、頚板状筋などの癒着がしばしば認められます。

 

関連動画

 

 

解剖学の勉強に必須の書籍

イラストの美しさと解剖学的正確さで世界的に定評のある『ネッター解剖学アトラス』の第6版。 今改訂では図の追加・入れ替えに加え、各章末に主要な筋の起始・停止などをまとめた表が掲載。

これまで以上により深い知識を得ることができるようになった。また、前版で好評であった学習サイトStudent Consult(英語版)も引き続き閲覧可能。

学生、研究者からすべての医療従事者に支持される解剖学アトラスの決定版(アマゾンより)

 

大好評のプロメテウス解剖学アトラス、解剖学総論/運動器系が待望の改訂。美麗なイラストに的確な解説文を組み合わせた従来の良さ・強みを残したまま、図版の配置や解説文の推敲を重ね、さらなるわかりやすさを追求している。医師・医学生にとどまらず、全ての医療職の方々から支持される理由は、手に取れば自ずと理解されるだろう。さらに洗練された解剖学アトラスの最高峰。プロメテウスの進化は止まらない(アマゾンより)。

関連記事

菱形筋には大菱形筋と小菱形筋によって構成されています。肩甲骨と脊椎の間にある筋肉であり、肩甲骨の安定性や脊椎の姿勢にとって重要な筋肉です。本記事では菱形筋の解剖学と関連症状について解説してあります。

関連記事

菱形筋には大菱形筋と小菱形筋によって構成されています。 肩甲骨と脊椎の間にある筋肉であり、肩甲骨の安定性や脊椎の姿勢にとって重要な筋肉です。 本記事では菱形筋の解剖学と関連症状について解説してあります。 解剖学 大菱形筋 […]

 

むち打ち症の主訴は頚部痛ですが、頭痛や吐き気、重度の肩こり、上肢への関連痛などが伴うこともあります。

関連記事

『むち打ち症』という言葉は1928年に初めて使われました。ケベックタスクフォース(QTF)によるむち打ち症は、「主に自動車事故において後方もしくは横から追突されることによって生じる骨または軟部組織の傷害であり、急激な加減速メカニズムによ[…]

 

肩甲挙筋は頚椎から肩甲骨(上角)に向かって伸びている筋肉です。肩甲挙筋のコンディションは、頚椎の姿勢や肩関節の運動に影響を及ぼします。また上背部の痛みを引き起こすこともあります。本記事では肩甲挙筋の解剖学と関連症状について解説してあります。

関連記事

肩甲挙筋は頚椎から肩甲骨(上角)に向かって伸びている筋肉です。 肩甲挙筋のコンディションは、頚椎の姿勢や肩関節の運動に影響を及ぼします。また上背部の痛みを引き起こすこともあります。 本記事では肩甲挙筋の解剖学と関連症状について解[…]

 

斜角筋のコンディションは、頚椎の姿勢や呼吸に影響を及ぼします。また上肢の痺れなどの症状の原因にもなります。本記事では斜角筋の解剖学、バイオメカニクス、関連症状について解説してあります。

関連記事

斜角筋には前斜角筋、中斜角筋、後斜角筋の3種類あります。全て頚椎から肋骨(第1・2肋骨)に向かって伸びている筋肉です。 斜角筋のコンディションは、頚椎の姿勢や呼吸に影響を及ぼします。また上肢の痺れなどの症状の原因にもなります。 […]

参考文献

  1. Comerford M. “Trapezius: Clearing up the Confusion.” Webinar; for more information see MovementPerformanceSolutions.com.
  2. Johnson G, Bogduk N, Nowitzke A, House D. Anatomy and actions of the trapezius muscle. Clin Biomech, 1994:44-50.
  3. Hammer W. “The Upper Trapezius Does Not Elevate the Shoulder.” Dynamic Chiropractic, Feb. 26, 2004.
  4. Sahrmann S. Diagnosis and Treatment of Movement Impairment Syndromes. Mosby, 2001: p. 445.
  5. Williams PL, Warwick R. Gray’s Anatomy, 36th ed., Philadelphia, WB Saunders Co. 1980:p. 566.
  6. Moore KL. Clinically Oriented Anatomy. Baltimore, Md., Williams & Wilkins; 1983:P.713.
  7. Hollinshead WH. Anatomy for Surgeons, Vol 3 – The Back and Limbs, 3rd ed. Philadelphia: Harper & Rowe, 1982:pp319-322.
  8. Johnson G, Bogduk N, Nowitzke A, House D. Anatomy and actions of the trapezius muscle. Clin Biomech 1994:44-50.
  9. Perry J. Muscle control of the shoulder. In: Rowe CR, ed. The Shoulder. New York, Churchill Livingstone; 1988:17-34.

 

記事はいかがでしたか?

こちらには記事を読んでいただいた方にもっとも適した広告が表示されます。

最新情報をチェックしよう!