ベンチプレスで肩を痛めてしまった、または慢性的な肩の痛みに悩んでいるというトレーニーは多いと思います。
本記事では、ベンチプレスで肩を痛める原因について、やや専門的な内容も含め解説していきます(対処法の前に原因を理解することが大切です)。
さらに、肩の痛みへの対処法についても解説していきます。
ベンチプレスで肩が痛くなる原因
ベンチプレスで肩を痛める原因は様々です。
ここでは、個人的な筋トレ経験に加え、臨床家、そしてスポーツ医学の専門家としての立場から、トレーニ―に好発するベンチプレスによる肩の痛みの原因についてお話していきます。
- ベンチプレスのフォーム
- ベンチプレス中の集中力
ベンチプレスのフォーム
ベンチプレスで肩を痛めてしまう原因の多くが、ベンチプレスのフォームに問題がある場合です。
具体的なポイントは以下の通りです。
- グリップ幅
- バーを下す位置
- 手首のポジション
- ボトムでの脇(上腕)の角度
- トップでの肩の位置
- 肩関節、肘関節、手関節の位置
これらの項目については、別記事にて詳細に解説してありますので、ぜひそちらを参照していただければと思います。
こちらになります。
ベンチプレスの正しいフォームを知らないトレーニーは意外と多いです。ほとんどの人は「自分がやりやすい上げ方」でベンチプレスをしていますが、それが大きな間違いです。 そもそも、筋トレを効果的にするためには「いかに非効率的にウエイトを動かす[…]
ベンチプレス中の集中力
多くのトレーニーの間違いは、ベンチプレス中に「バーベルを挙げようとする気持ち」に集中してしまっています。
バーベルを挙げようとする気持ちというのは、「挙げられなかったらどうしよう」という不安や恐怖、焦燥感であることが多いでしょう。つまり、心が「不安や恐怖」に集中してしまっている状態(張り付いている状態)です。
トップレベルのベンチプレッサーは、「挙げられるかどうか」ということにはあまり関心を持っていません。彼らの関心事は「ベンチプレス中の上肢の軌道」もしくは「筋肉の感覚」のみです。
別の表現を使えば、「今ここに生きる」状態です。従って、目先の結果にはそれほど一喜一憂することもありません。
ベンチプレスによる肩の痛みの原因構造
このセクションは専門的な内容になっているので、興味のない方は読み飛ばしていただいて結構です。ただし、医学的知識がない方にもわかるように極力平易な表現で説明してあります。
ベンチプレスによる肩の痛みの原因構造もいろいろあります。それぞれの原因に対して対処法(治療法)は異なります。
ベンチプレスによって痛める可能性のある構造は以下の通りになります。
- 上腕二頭筋長頭腱
- 肩鎖関節
- 棘上筋腱
- 棘下筋腱
- 関節包
- 関節唇
上腕二頭筋長頭腱
肩の前側に痛みが現れます。上腕二頭筋長頭は上腕部の筋肉ですが、長頭腱付近は肩の運動でも負荷がかかります。
特にベンチプレスで痛めやすい構造です。痛みは鋭く局所的です。長頭腱の周囲は腱鞘に覆われているため、この部位の炎症は腱鞘炎になります。
また、上腕二頭筋長頭腱は上腕骨の前側にある溝(結節間溝)にはまっているのですが、長頭腱がずれていることがしばしばあります。
このような状態でベンチプレスなどの肩の反復運動を行うと、摩擦が生じて上腕二頭筋長頭腱炎(腱鞘炎)になるリスクが高くなります。
肩鎖関節
肩鎖関節もベンチプレスによって問題となりやすい構造です。肩の上側に痛みが現れます。肩鎖関節に起因する肩の痛みも、上腕二頭筋長頭腱と同様に鋭い局所的な痛みになります(上図参照)。
肩鎖関節に起因する痛みには特徴があります。それは、肩を頭上に挙上していくと痛みが強くなること。また痛みの出ている側の腕を反対側(右側の肩鎖関節なら右腕を左方向へ)へ動かすと痛みが強くなることです。
この部位の痛みは、特に高重量のベンチプレスを行うトレーニーに多く見られます。また、デクライン系の種目(デクラインで行うベンチプレスやダンベルプレス、ダンベルフライなど)やディップスでは、肩鎖関節により強い負荷がかかるので、この部位を痛めている場合は、注意してください。
棘上筋腱
ローテーターカフ(腱板)の一つが棘上筋です。ちなみに、ローテーターカフは4つの筋肉の総称であり、棘上筋以外には棘下筋、小円筋、肩甲下筋があります。
棘上筋、棘下筋、小円筋、肩甲下筋の4つの筋肉の総称。ローテーターカフの主要な機能は「肩関節の安定化」です。従って、ローテーターカフの機能低下は肩関節の不安定性を引き起こし、肩の痛みや筋力低下の原因になります。
ローテーターカフの中でも棘上筋は非常に痛めやすい部位です。棘上筋を痛めると肩の上部に痛みが現れます。肩鎖関節の痛みとほぼ同じ部位にあるため、素人では見分け(鑑別)が難しいです。
また、棘上筋腱の問題は中年以上(40歳以上)のトレーニーに多く見られます。それは、この部位が変性と言って老化現象の影響を受けやすいからです。
老化現象によって、私たちの身体は変性していきますが、特に反復して負荷がかかることにより、変性は進行します。変性は腱だけでなく、靭帯や神経などにも起こります。変性によって、腱は硬くもろくなります。柔軟性がなくなるため、損傷のリスクが高くなります。
棘下筋腱
棘下筋もローテーターカフの一つです。肩関節の後ろ側にある筋肉です。ベンチプレスで棘下筋を痛めるケースは比較的少ないと思われます(野球やバレーボール選手に多いです)。しかし、ゼロではありません。
棘下筋を痛めると、肩の後ろ側に痛みが現れますが、本人は自覚していないこともあります。その場合、「肩が痛いのだけど、どこが痛いのかわからない」というように訴えることが多いです。
また、ベンチプレスではバーベルを下ろしていき、ボトムのポジションで肩に痛みや違和感が現れます。
関節包
関節包というのは、関節の周りを覆っている膜のようなものです。靭帯の下層にあります。関節包は深層部の構造なので、この部位を痛めている場合、状態としてはあまり良くありません。
痛みは関節包のどの部位を痛めたかによって変わります。基本的には痛めた部位が伸張されると痛みが強くなります。鋭い深部痛が現れます。
関節唇
関節唇の損傷は、かなり深刻な状態です。ベンチプレスで痛めることは珍しいです。比較的多く見られるのが、野球のピッチャーです。
関節唇は肩関節の安定性にとってもっとも重要な構造です。
例えるなら、関節唇は風呂場で使う吸盤に似ています。吸盤の一部に切れ目を入れてみてください。おそらく、吸盤としての役目はほぼ失われると思います。
関節唇も同様に一部に亀裂が入ると、内圧を維持することができずに上腕骨を正しい位置に固定できなくなります。
関節唇の損傷によって現れる痛みには特徴があります。痛みは鋭い深部痛になります。また、特定の方向に肩を動かしたときのみ痛みが現れます。
関節唇の中心部を痛めてしまった場合、自然治癒する可能性は低く、最悪の場合手術が必要となります。
ベンチプレスによる肩の痛みの対応策
ベンチプレスをやると肩の痛みが出てしまう場合の基本的スタンスは、「ベンチプレスをやらないこと」になります。
ただ、それを言ってしまうと元も子もなくなるので、このセクションでは「それでもベンチプレスをやりたい」というトレーニー向けにお話したいと思います。
- 重量またはレップス数を減らす
- ベンチ台の角度を変える
- ダンベルで行ってみる
- 動作の速度を落とす
- グリップ幅を変えてみる
重量またはレップス数を減らす
単純に自分の許容量を超える負荷でベンチプレスをしている可能性があります。
このケースの場合、最初の数レップスは正しいフォームでベンチプレスを行っていても、粘り続けていると次第にフォームが崩れてきます。
このようなケースでの対応策は、「重量を減らす」もしくは「レップス数を減らす」かのどちらかです。
ベンチプレスのフォームは、1レップ目と最後のレップがまったく同じになるようにしましょう。
ベンチ台の角度を変える
トレーニーによって、肩関節が安定するポジションが異なることがあります(体格や癖など)。
従って、インクラインもしくはディクラインにベンチ台の背もたれの角度を変えて、ベンチプレスを試してみましょう。小刻みにいろいろな角度に変えて、肩の痛みがゼロになる背もたれの角度を見つけます。
ダンベルで行ってみる
バーベルとダンベルの違いは、動きの自由度です。ダンベルで行うベンチプレスの方が、自由度が大きいので、肩関節への負荷は減ります(しかし、ダンベルベンチプレスの方が、より肩関節の安定性が要求されます)。
特に肩関節の柔軟性がないトレーニーの場合、ダンベルベンチプレスの方が痛みが軽減する可能性があります。その場合、特に肩の前側(大胸筋)と後側のストレッチも併せて行うようにしましょう。
動作の速度を落とす
ベンチプレスの動作速度を落とすことで、より大胸筋に負荷が乗っている感覚をとらえやすくなります。
つまり、バーベルの負荷が大胸筋以外のところへ分散するのを防ぐことになり、肩関節への負荷が軽減する可能性があります。
特にバーベルを下ろすときのスピードを落としてみてください。なぜなら、バーベルを下ろしていくとき、大胸筋は伸張性収縮の負荷がかかっているからです。
筋肉の収縮形態には伸張性収縮と短縮性収縮の2通りがありますが、伸張性収縮の方が筋肉のダメージは大きくなる傾向があります。
筋肉が緊張状態を保ちながら伸張する場合、伸張性収縮と呼びます。短縮性収縮よりも筋線維へのダメージは大きくなることが、多くのリサーチで明らかになっています。従って、筋肥大(バルクアップ)を狙うなら特に伸張性収縮を重視して筋トレを行うのが良いでしょう。伸張性収縮を活用した筋トレ法にはフォースドレプス法があります。
グリップ幅を変えてみる
グリップ幅を変えることで、肩関節への負荷を和らげることが可能です。
一般的にはグリップ幅を広げることで、肩関節への負荷が軽減しますが、体格などによる個人差が大きいので、各自で検証する必要があります。
ベンチプレスのグリップ幅については、以下の関連記事で解説しています。
ベンチプレスの正しいフォームを知らないトレーニーは意外と多いです。ほとんどの人は「自分がやりやすい上げ方」でベンチプレスをしていますが、それが大きな間違いです。 そもそも、筋トレを効果的にするためには「いかに非効率的にウエイトを動かす[…]
ベンチプレスによる肩の痛みの予防策
ベンチプレスによる肩の痛みの予防策は、その原因にもよります。ここでは、よくありがちな(好発する)原因を想定して解説していきます。
- 肩関節の安定性を上げる
- 補助種目を重点的に行う
- 拮抗筋とのバランスに気を付ける
肩関節の安定性を上げる
肩関節に不安定性があると、ベンチプレスをするたびに細かい傷(マイクロトラウマ)がつきます。その細かい傷が次第に蓄積していき、大きな傷へと発展することがあります。
このような場合の肩の痛みは慢性的なことが多いです。そのため、気づいたら肩が痛くなっていたというケースが多くなります。
肩関節を安定化させるためには、バランストレーニングが適しています。具体的にはバランスボールの上で腕立て伏せを行います。TRXというツールを使えば、さらにバランストレーニングのバリエーションが増えます。
補助種目を重点的に行う
大胸筋の補助種目トレーニングには、以下のものがあります。
- ダンベルフライ
- ディップス
- ケーブルクロス
- バタフライマシン
これらの種目を行うことで、多角的に大胸筋を鍛えることができます。肩の痛みがどうしても取れないときは、上記の中から痛みが出ないものを選び、それらを重点的に行ってみてください。
拮抗筋とのバランスに気を付ける
拮抗筋同士のバランスが崩れると、力が入りにくくなったり、不安定感が出ることがあります。従って、拮抗筋のバランスを取ることは大切です。
大胸筋の拮抗筋は広背筋になります。大胸筋に比べ広背筋が弱いと、肩関節(上腕骨頭)が前側にずれてしまうことがあります(いわゆる猫背の姿勢です)。
肩関節がずれた状態で筋トレを続けていれば、当然ながら肩を痛めるリスクは高くなります。
ベンチプレスは一生懸命やって、広背筋のトレーニングがおざなりになっているトレーニーは、トレーニングルーティン再考の必要があります。
作用(機能)が反対の筋肉のことを拮抗筋と呼びます。大胸筋は「押す」作用を持っていますが、「引く」作用を持っているのが広背筋です。従って、大胸筋の拮抗筋は広背筋になります。また、上腕二頭筋の拮抗筋は上腕三頭筋になります。拮抗筋同士のバランスが崩れると、関節や筋肉を痛めるリスク型かっくなります。また、大きな筋肉(特に体幹部)の場合、姿勢にも影響を及ぼします。
関連記事
上腕二頭筋長頭腱炎は、肩関節の反復動作が発生のメカニズムです。
また、姿勢に問題がある場合もリスクになります。例えば、猫背の場合、上腕骨頭が前方に変位しているため、上腕二頭筋長頭腱に圧迫負荷がかかります。
解剖学(起始・停止・作用・神経支配) 起始:関節上結節(長頭)、烏口突起(短頭) 停止:橈骨粗面、上腕二頭筋腱膜 作用:肘の屈曲と回外、肩の屈曲 神経支配:筋皮神経 上腕二頭筋長頭の起始は関[…]