肩関節の運動学

肩甲骨(肩甲胸郭関節)の関節運動学

肩甲胸郭関節は肩甲骨と胸郭(肋骨)によって構成されている生理学的関節です。肩甲上腕関節や肩鎖関節、胸鎖関節のような滑膜性関節では骨と骨がしっかりとかみ合うことで、安定性が保たれています。

しかし、肩甲胸郭関節では関節による安定性はありません。

上肢の挙上時、肩甲骨は上腕骨の運動に連動します(肩甲上腕リズム) (Inman VT, 1996, http://bit.ly/2YYuh8T)。このとき、上腕骨の土台は肩甲骨です。

そのため、肩甲骨に不安定性がある場合、上腕骨頭にも不安定性が連動し運動軸がぶれます。

上腕骨頭の不安定性により、関節周辺の軟部組織(棘上筋腱、上腕二頭筋長頭腱や関節包靭帯など)には過大な負荷がかかるため、棘上筋腱の炎症や断裂、上腕二頭筋長頭腱炎などの発症リスクが高まります(インピンジメント症候群の発生)。

機能解剖学

胸郭上における肩甲骨のポジションは胸郭の形状や脊椎(特に胸椎)の状態に影響を受けますが、それ以上に肩甲骨周辺の軟部組織から強い影響を受けています。

肩甲骨のポジションに影響を与えている外在筋群(Extrinsic muscles)には、僧帽筋、菱形筋、肩甲挙筋、前鋸筋、小胸筋などがあります。全て力の強い筋肉であり、肩甲骨のポジションや安定性に直接的な影響を及ぼします。

これらの筋群の中でも特に小胸筋や僧帽筋、肩甲挙筋、前鋸筋は胸郭上における肩甲骨の安定性にとって重要な役割を果たしており、これら筋群の機能低下は肩甲骨不安定性の要因になります。

例えば、小胸筋の過緊張により烏口突起が下方に牽引され、肩甲骨は前傾位になります。このとき、肩甲骨の下角は後方に突出(翼状肩甲骨)、同側の肋骨は内旋位、胸椎の屈曲(過剰後弯曲)に変位しています。また、肩甲骨前傾位により肩甲上腕関節には、外旋の可動域制限が生じます。

肩甲骨内在筋群の機能は以下の表の通りです。

筋肉 機能
僧帽筋(上部、中部、下部) 肩甲骨の内転(後退)
前鋸筋 肩甲骨の外転、上方回旋
菱形筋 肩甲骨の内転、下方回旋
肩甲挙筋 肩甲骨の挙上
小胸筋 肩甲骨の下制、前傾
大胸筋 肩甲骨の外転(前突)

上腕骨の屈曲、内旋、水平内転

広背筋 肩甲骨の内転、下方回旋

上腕骨の伸展、内転、内旋

こちらは肩甲骨の内在筋群の機能です。

筋肉 機能
三角筋(前部、中部、後部) 前部:上腕骨の屈曲、内旋
中部:上腕骨の外転
後部:上腕骨の伸展、外旋
大円筋 上腕骨の伸展、内旋
肩甲下筋 上腕骨の内旋
棘上筋 上腕骨の外転
棘下筋 上腕骨の外旋
小円筋 上腕骨の外旋
烏口腕筋 上腕骨の屈曲

関節運動学

肩甲骨の運動は、胸郭面に沿う滑り運動と肩鎖関節を運動軸とする回旋運動に分類できます。これらの運動は単独で起こることはなく、常に2つの運動の組み合わせで起こります。

滑り運動には、挙上/下制と外転/内転(前突/後退)の2種類があります。中立位(休息位)では、肩甲骨の外側縁は内側縁よりも前方にあります。このとき、肩甲骨は前額断面の前方約30°の断面にあり、この断面は肩甲断面と呼ばれています。

肩甲骨の運動
滑り運動
1.挙上/下制
2.外転/内転(前突/後退)
回旋運動
1.上方回旋/下方回旋
2.内旋/外旋
3.前傾/後傾

 

肩甲骨の回旋運動には、上方回旋/下方回旋、内旋/外旋、前傾/後傾の3種類があります。全ての運動の運動軸は肩鎖関節にあります(下図参照)。

上肢の挙上に伴い、肩甲骨は上方回旋していきますが、さらに外旋と後傾も起こります (McClure PW, 2001, http://bit.ly/2TsINAE)。しかし、インピンジメント症候群がある場合、肩甲骨の上方回旋の可動域制限が起こっています。

上肢の運動 肩甲骨の運動
挙上 1.上方回旋
2.外旋
3.後傾
下制 1.下方回旋
2.内旋
3.前傾

胸椎の過剰後弯曲(猫背)の人の場合、肩甲骨が前傾位になっています。この場合、肩甲骨の後傾に可動域制限が起こります。

従って、猫背の人が頭上に腕を上げようとすると(上肢の挙上)、肩甲骨の後傾に制限があるため、腕が上がりにくく感じます。

猫背⇒肩甲骨前傾位⇒肩甲骨後傾の制限⇒腕が上がりにくい
また、上肢の挙上に伴い、鎖骨遠位端(肩鎖関節)では挙上と後方回旋が生じます。しかし、肩甲骨の後傾に制限がある場合、鎖骨遠位端の後方回旋にも制限が生じます。

そのため、鎖骨の上方への変位が不十分になり、烏口肩峰下スペースに狭窄が起こり、インピンジメント症候群を引き起こします (Flatow EL, 1994 , http://bit.ly/2KHBYao; Graichen H, 1999, http://bit.ly/2KLU8I2; Solem-Bertoft E, 1993, http://bit.ly/31v2t9U)。

 

インピンジメント症候群の発症メカニズム肩甲骨の運動障害に起因するインピンジメント症候群発生のメカニズム

関連症状

肋骨滑り症候群(Slipping rib syndrome)

肋骨滑り症候群は肋骨肋軟骨結合で発生します。男性に比べ女性の発症率が高く、第8から第10肋骨肋軟骨結合に好発します。

交通事故やスポーツ傷害などに伴う靭帯の損傷により、肋骨肋軟骨結合でサブラクセーションが起こっています。

また、サブラクセーションにより肋間神経痛が発症していることもあります。

肋骨肋軟骨結合離解

肋骨肋軟骨結合離解では、肋骨と肋軟骨の離解が起こっています。肋骨滑り症候群と同様、これも傷害によって発症するケースが多いです。

肋骨肋軟骨結合における鋭い局所痛や捻髪音が主な症状であり、深呼吸で症状(痛み)の増悪が起こります。

第1肋骨フィクセーション症候群

第1肋骨フィクセーション症候群は、うつぶせ寝やむち打ち傷害、オーバーヘッドモーションの反復(投球やテニスのサーブ)などによって発症することが多いです。

また、上位交差性症候群と併発しています。

上位交差性症候群では下の図のような筋肉バランスの問題が発生しています。

主な症状は以下の通りです。

  • 上部僧帽筋の拘縮
  • 頭頚部痛
  • 顎関節痛
  • 中背部痛
  • 肩痛
  • 上肢痛

 

  • 胸椎の過剰後弯曲
  • 肩関節内旋位
  • 翼状肩甲骨
  • 頭部前突位

 

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参考文献

  1. Inman VT, Saunders JB, Abbott LC, Observations on the function of the shoulder joint. 1996 Sep;(330):3-12 (http://bit.ly/2YYuh8T).
  2. McClure PW, Michener LA, Sennett BJ, Karduna AR, Direct 3-dimensional measurement of scapular kinematics during dynamic movements in vivo. 2001 May-Jun;10(3):269-77 (http://bit.ly/2TsINAE).
  3. Flatow EL, Soslowsky LJ, Ticker JB, Pawluk RJ, Hepler M, Ark J, Excursion of the rotator cuff under the acromion. Patterns of subacromial contact. 1994 Nov-Dec;22(6):779-88 (http://bit.ly/2KHBYao).
  4. Graichen H, Bonel, H, Stammberger T, Haubner M, Rohrer H, Englmeier KH, Three-dimensional analysis of the width of the subacromial space in healthy subjects and patients with impingement syndrome. 1999 Apr;172(4):1081-6 (http://bit.ly/2KLU8I2).
  5. Solem-Bertoft E, Thuomas KA, Westerberg CE, The influence of scapular retraction and protraction on the width of the subacromial space. An MRI study. 1993 Nov;(296):99-103 (http://bit.ly/31v2t9U).

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