投球・ピッチング・スローイングの運動学(バイオメカニクス)

投球動作により、肩関節は非常に大きな負荷にさらされることになります。Fleisigらの研究によると、投球時における上肢の角速度は7550°/秒、回旋トルクは67N・mにも達すると言われています (Fleisig GS, 1995, http://bit.ly/33XjivY)

従って、肩関節の安定化構造が適切なバランスで保たれていなければ関節の不安定化を引き起こし、投球動作により肩関節周辺構造(筋肉、腱、神経、関節包、関節唇など)には大きな負荷をかけることになります。

また、投球の過剰な反復や誤った投球フォームにより、肩関節や関節周辺の軟部組織(腱、靭帯、関節包など)に大きな負荷がかかり、棘上筋や上腕二頭筋長頭腱、肩峰下包の炎症、関節唇の断裂、肩関節の脱臼、さらに代償性(二次的)インピンジメント症候群が引き起こされることがあります。

肩関節の不安定性により引き起こされる症状
棘上筋腱炎
上腕二頭筋長頭腱炎
肩峰下包炎
関節唇断裂
肩関節脱臼
代償性(二次的)インピンジメント症候群

肩の挙上動作を伴うスポーツ(野球やバレーボールなど)のアスリートには、肩関節(利き腕側)の外旋に可動域亢進が見られますが、その一方で内旋は可動域制限が認められます (Allegrucci M, 1994, http://bit.ly/2zgtVvN; Jobe CM, 1997, http://bit.ly/2ZqbRtQ; Kvitne RS, 1995,  http://bit.ly/30y2Nom; Ticker JB, 1995,  http://bit.ly/2PcGgMr)

これは、オーバーヘッドモーションの反復により、肩関節の関節包前部が何度も伸張を繰り返し弛緩状態になっているのに対し、関節包後部は逆に硬縮(緊張)が起こっているためと考えられます。

また、関節包後部の硬縮がある状態でオーバーヘッドモーションを反復することで、関節唇や尺側側副靭帯(肘関節)の断裂が引き起こされることもあります (Burkhart SS, 2003, http://bit.ly/30r9xnM; Burkhart SS, 2000,http://bit.ly/2MAfxau)。

肩関節の動的安定化(運動中における関節の安定化)には、ローテーターカフや上腕二頭筋長頭などの筋肉と、靭帯や関節包との間で微妙なバランスが保たれている必要があります。

投球フェーズ

投球フェーズは6段階に分かれます。

  1. ワインドアップ期
  2. 初期コッキング期(ストライド期)
  3. 終期コッキング期
  4. 加速期
  5. 減速期
  6. フォロースルー期
投球フェーズ
投球フェーズ

ワインドアップ期

投球モーションの最初の段階です。片足を挙上しバランスを取るところまで続きます。ワインドアップ期の終期では、肩関節はやや外転位に保持されており、筋肉の活動レベルはもっとも低くなっています。

初期コッキング期(ストライド期)

片足挙上位においてバランスを保っているところから、挙上している側の足が地面に着地するまで続きます。肩関節は90°外転位、さらに15°水平内転位までの運動が起こります。

この段階では、最初に三角筋に強い収縮が起こります。その後、棘上筋、棘下筋、小円筋の筋収縮が生じます。

終期コッキング期

地面に足が着地してから、肩関節の外旋が最大可動域に到達するまでがコッキング期です。

肩甲骨が内転位にあるとき、肩関節はより安定した状態となります。肩関節の外旋に伴い、上腕骨頭は関節窩に対し、後方へと変位していきます。上腕骨頭の後方変位に伴い、肩関節の関節包前部の緊張が高まっていきます。

初期コッキング期において強い収縮を起こしていた三角筋の活動レベルは、次第に減少していきます。変わって棘上筋、棘下筋、小円筋の筋収縮率が増加していき、この期の中間期において最大収縮に到達します。

また肩関節の内旋筋である肩甲下筋は、上半身が開いた状態(後方に捩れた状態)から、前方へ回旋(内旋)が始まるときに、筋収縮率が増加していきます。

上腕二頭筋は、終期コッキング期を通じて適度な収縮を維持します。また大胸筋、広背筋、前鋸筋の筋収縮は次第に増加していき、この期の最後において最大収縮に到達します。

加速期

肩関節最大外旋位から、ボールが手から離れる直前までが加速期です。肩関節は外転位を保ちながら、内旋していきます。

また肩甲骨には外転が生じると同時に、上半身は前方へ回旋していきます。このとき肩関節前部にある筋群(大胸筋、肩甲下筋、上腕二頭筋など)は、伸張性収縮から短縮性収縮へと切り替わります。

その一方で、肩関節後部にある筋群(棘下筋、小円筋、大円筋、広背筋など)は短縮性収縮から伸張性収縮へと切り替わります (Pappas AM, 1985, http://bit.ly/30ttyu5)

上腕三頭筋は、初期において強い収縮を示し、大胸筋、広背筋、前鋸筋は終期に強く収縮します。肩関節に内旋が生じることで上腕骨頭には前方変位が起こり、終期コッキング期で生じていた関節包前部の伸張(緊張)が軽減していきます。

減速期

ボールが手から離れてから肩関節の内旋が最大可動域に到達するまでが、減速期です。この期は、最初の3つの期(ワインドアップ期から終期コッキング期)の逆の運動が起こっています。

投球フェーズの中で、もっとも傷害が発生しやすい期であり、加速期までに蓄えられたエネルギーが、全てボールに伝達されます。

肩関節の外転は約100°に維持され、水平内転は35°に達します。減速期では、上肢の内旋速度を減速させるために、肩関節周辺にある筋群全てが伸張性収縮を起こしています。

フォロースルー期

肩関節の最大内旋から、投球モーションの最後までがフォロースルー期にあたります。肩関節の外転は100°に保持され、水平内転は60°に達します。筋肉の活動レベルは休止状態に戻り、関節への負荷も軽減していきます。

上腕骨の後捻

上腕骨の後捻は、上腕骨近位端(上腕骨頭)に対して、上腕骨遠位端が後方に捻転している状態のことです。

投球動作を反復するアスリートの上腕骨は後捻(retrotorsion)している傾向があります (Crockett HC, 2002, http://bit.ly/2zfJILD; Osbahr DC, 2002, http://bit.ly/33VMpzS; Pieper HG, 1998, http://bit.ly/2KRVXod)これは投球動作に伴い、上腕骨に後方への捻転力が繰り返し加わることに起因していると思われます。

上腕骨の後捻により、肩関節の外旋可動域を大きくしています。一般的に肩関節の外旋に伴い、それを包んでいる関節包靭帯には負荷(伸張)が生じますが、上腕骨の後捻はその負荷を軽減させる働きがあります。

肩関節の外旋可動域が大きいほど、この後に続く加速期における肩関節の内旋可動域が大きくなり、上肢の運動(内旋)スピードをより加速させます。

後捻角の平均値は、25°から30°と言われていますが、この値は+60°から-10°まで幅があります(Keen JS, 1983, http://bit.ly/2MCj6gq)。また人種間の差、性差、左右差などが報告されています 。

 

上腕骨へかかるトルク
上腕骨へかかるトルク

オーバーヘッドの投球動作の加速期において、上腕骨には上図のようなトルク(捻転力)が生じています。上腕骨の長軸において、上腕骨頭に対し、遠位端に後方への捻転力が作用しています。

投球動作における肩甲骨の役割

肩甲上腕関節は球関節に分類されます。これはちょうど関節窩(肩甲骨)の窪みに上腕骨頭がはまっている状態です。

英語では球関節のことを、Ball and socket jointと表現します。Ballはボール(球)、Socketは窪みのことです。窪みにボールがうまくはまっている状態を維持するためには、肩甲骨と上腕骨の連動が正常である必要があります。

このような肩甲骨と上腕骨の連動を肩甲胸郭リズム、または肩甲上腕リズムと呼びます。

肩甲骨は上腕骨の基盤としての重要な役割を持っているため、肩甲骨の機能低下(不安定性)は、直接的に肩甲上腕関節の運動障害(不安定性)に結びつきます。

このような状態を維持したまま運動を継続することで、競技パフォーマンスの低下を引き起こし、棘上筋腱断裂などの肩関節の傷害リスクを高めることにつながります。

また投球のコッキング期において、肩甲骨には後退(内転)運動が生じますが、これにより肩関節前部にある筋群の収縮形態が伸張性収縮から短縮性収縮へと効率的に変化します。

この後に続く加速期において、肩甲骨は胸郭上を前突(外転)していきます。これにより上腕骨との正常な位置関係を保持します。

このとき肩甲骨に十分な前突運動が発生しない場合、棘下筋腱や小円筋腱、関節包後部など、肩関節後部にある構造には、非常に大きな牽引力が生じます。

コッキング期から加速期にかけて、上肢の挙上とともに、肩甲骨の烏口突起も挙上します。烏口突起が挙上することで、ローテーターカフの腱が烏口肩峰スペースにおいて、適切にすり抜けることができます。つまりインピンジメントの発生を防いでいます。

また肩甲骨には、多くの筋肉の起始または停止があります。肩甲骨の安定化筋は、その内側縁と上部、下部に付いており、肩甲骨の動的・静的安定化を行っています。

さらに三角筋、上腕二頭筋、上腕三頭筋などの表層部筋は、肩甲骨の外側縁に付着部を持ち、肩甲上腕関節に作用します。

また深層部筋であるローテーターカフは、肩甲骨の前後を覆い、伸張性・短縮性収縮により、肩関節の運動を安定化させています。特に棘上筋は、上腕骨頭を肩甲骨の関節窩に圧迫させることで、肩甲上腕関節の安定化しています。

投球動作に限らず、肩甲骨は下肢や体幹部の大きな筋肉で発生したエネルギーを、上肢から指先にまで伝達する「運動連鎖」の一端を担っています(下肢、殿部、体幹で発生したエネルギーが、肩甲骨を介して上肢から指先まで伝達される)。

テニスのサーブにおいて発生するエネルギーの51%は、下肢、殿部、体幹から来ています (Kibler WB, 1995, http://bit.ly/30uaI5L)。肩甲骨は、下肢や殿部、体幹で発生したエネルギーを上肢から手に伝達するための中継地点の役割をしています (Kibler WB, 1995, http://bit.ly/30uaI5L)

エネルギーの伝達
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参考文献

  1. Fleisig GS, Andrews JR, Dillman CJ: Kinetics of baseball pitching with implications about injury mechanisms. 1995 Mar-Apr;23(2):233-9 (http://bit.ly/33XjivY).
  2. Allegrucci M, Whitney SL, Irrgang JJ: Clinical implication of secondary impingement of the shoulder in freestyle swimmers. 1994 Dec;20(6):307-18 (http://bit.ly/2zgtVvN).
  3. Jobe CM: Superior glenoid impingement. 1997 Apr;28(2):137-43 (http://bit.ly/2ZqbRtQ).
  4. Kvitne RS, Jobe FW, Jobe CM: Shoulder instability in the overhand or throwing athlete. 1995 Oct;14(4):917-35 (http://bit.ly/30y2Nom).
  5. Ticker JB, Fealy S, Fu FH: Instability and impingement in the athlete’s shoulder. 1995 Jun;19(6):418-26 (http://bit.ly/2PcGgMr).
  6. Burkhart SS, Morgan CD, Kibler WB: The disabled throwing shoulder:spectrum of pathology part I: Pathoanatomy and biomechanics. 2003 Apr;19(4):404-20 (http://bit.ly/30r9xnM).
  7. Burkhart SS, Morgan CD, Kibler WB: Shoulder injuries in overhead athletes: the “dead arm” revisited. 2000 Jan;19(1):125-58 (http://bit.ly/2MAfxau).
  8. Pappas AM, Zawacki RM, Sullivan TJ: Biomechanics of baseball pitching. A preliminary report. 1985 Jul-Aug;13(4):216-22 (http://bit.ly/30ttyu5).
  9. Crockett HC, Gross LB, Wilk KE: Osseous adaptation and range of motion at the glenohumeral joint in professional baseball pitchers. 2002 Jan-Feb;30(1):20-6 (http://bit.ly/2zfJILD).
  10. Osbahr DC, Cannon DL, Speer KP: Retroversion of the humerus in the throwing shoulder of college baseball pitchers. 2002 May-Jun;30(3):347-53 (http://bit.ly/33VMpzS).
  11. Pieper HG: Humeral torsion in the throwing arm of handball players. 1998 Mar-Apr;26(2):247-53 (http://bit.ly/2KRVXod).
  12. Keen JS, Huizenga RE, Engber WD, Rogers SC: Proximal humeral fractures: a correlation of residual deformity with long term function. 1983 Feb 1;6(2):173-8. doi: 10.3928/0147-7447-19830201-07 (http://bit.ly/2MCj6gq).
  13. Kibler WB: Biomechanical analysis of the shoulder during tennis activities. 1995 Jan;14(1):79-85 (http://bit.ly/30uaI5L).

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