肩関節の関節運動学と関連症状

肩関節は大きな関節可動域を必要とされる一方で、強固な安定性も要求されます。

また、肩関節は肩甲上腕関節、肩甲胸郭関節、肩鎖関節、胸鎖関節の4つの関節の複合体であり、それぞれが密接に連動しています (lnman VT, 1994, http://bit.ly/2YYuh8T)。

これら4つの関節の中でもっとも自由度が大きいのが肩甲上腕関節です。他の3つの関節の可動域は、肩甲上腕関節に比べ小さいですが、上肢の挙上に伴って運動が大きくなっていきます。

肩関節の可動域へ影響を及ぼす要因には様々なものがあります。年齢や性別の他に靱帯や関節包等、軟部組織の状態、さらに脊椎の姿勢も肩関節の可動域へ影響を及ぼします。

姿勢の問題として特に重要なのが、胸椎の過剰後弯曲とそれに伴って生じる肩甲骨の前傾・外転変位です。このような姿勢のとき、肩関節の可動域(特に挙上)が制限されます。

肩関節複合体
1.肩甲上腕関節
2.肩甲胸郭関節
3.肩鎖関節
4.胸鎖関節
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肩鎖関節の運動学

肩甲上腕関節の安定化構造

肩甲上腕関節は上腕骨頭と肩甲骨(関節窩)が合わさることによって構成されています。解剖学的には球関節 (Ball and socket joint) に分類されます。

上腕骨頭の大きさに対して関節窩は浅くできているため、肩甲上腕関節は大きな自由度を持っていますが、その代償として安定性には欠けています。

そのため、肩甲上腕関節(上腕骨頭)の脱臼は、成人の脱臼の好発部位となっています。 肩甲上腕関節の安定性に影響を及ぼす主な構造には、以下のようなものがあります。

  1. 関節唇
  2. 関節上腕靱帯(関節包靭帯)
  3. ローテーターカフ(腱板)

関節唇

肩甲上腕関節の安定性にとって重要な構造に関節唇があります。関節唇により関節内圧が一定レベルに保たれることで、肩甲上腕関節の安定性が強化されています。

野球のピッチャーなどに多いのが関節唇の断裂です。

先に書いたように、関節唇は肩関節の安定性にとって大切な構造なので、関節唇の断裂は肩関節の顕著な不安定性を引き起こします。

関節唇の断裂は肩関節の脱臼リスクを大きくする一方、脱臼によって関節唇の断裂が起こることもあります(SLAP病変)。

ちなみに、上腕骨頭の脱臼は98%の割合で前(下)方に発生します (Smith T, 2006, http://bit.ly/2MbI85Z)。

関節上腕靭帯

肩甲上腕関節を補強している靱帯に関節上腕靱帯があります。

関節上腕靱帯は上、中、下の3つの靱帯によって構成されています。

関節上腕靱帯は関節包が肥厚したものであり、関節包靱帯(複合体)とも呼ばれています。

上関節上腕靭帯、中関節上腕靭帯、下関節上腕靭帯の付着部位

上関節上腕靭帯

上関節上腕靭帯は、上関節突起から関節唇に沿って起始を持ち、それが小結節の近位部にまで伸びています。

外転時に上腕骨頭が下方へ変位しないように制限する役割を持っています (Warner JP, 1991, http://bit.ly/2MbI85Z)。

中関節上腕靭帯

中関節上腕靭帯も上関節突起に起始を持っており、肩甲下筋腱と癒合しながら小結節へと伸びています。

この靱帯は上関節上腕靭帯と比べ大きく強力な構造を持っており、上腕骨頭が前方脱臼を制限しています (Schwartz E, 1987, http://bit.ly/2MdlZE2).。

下関節上腕靭帯

下関節上腕靱帯は関節唇前部を覆っています。関節上腕靱帯の中で最も強力であり、肩甲上腕関節の安定性にとって重要な靱帯です。

特に肩外転位における上腕骨頭の前方、下方変位に対して強く抵抗します。

この靱帯は解剖学的に前部線維束、後部線維束、腋窩陥凹の3つの部分に分類することができます (O’Brien SJ, 1990, http://bit.ly/33sX6de). 前部線維束と後部線維束は関節包が肥厚したものです(O’Brien SJ, 1990, http://bit.ly/33sX6de). 。

起始は関節窩から関節唇にあり、停止は解剖頚(上腕骨)にあります。 前部線維束は上腕骨頭の関節面に向かって下方に伸びています。

一方、後部線維束は上方に向かって伸びており、上腕骨頭を下側から支えている受け皿のような機能を持っています。この機能は、特に肩関節が外転位のときと外旋位のときに重要となります (http://bit.ly/2H0o6Hm)。

ローテーターカフ(腱板)

ローテーターカフ(腱板)は肩関節の最深層部にある4つの筋群(棘上筋、棘下筋、小円筋、肩甲下筋)の総称です。

これらの筋群は肩関節の安定性にとって重要な機能を果たしています。特に棘上筋は上肢挙上の初動において、肩関節を安定させる役割を持っています。

従って、棘上筋の機能低下がある場合、上肢の挙上の可動域制限や弱化など著しい障害が発生します。 また、棘上筋腱は変性の好発部位です。

筋腱移行部は”クリティカルゾーン”と呼ばれ、変性・断裂がしばしば起こります。 クリティカルゾーン

棘上筋の筋腱移行部は”クリティカルゾーン”と呼ばれ、 変性や断裂の好発部位となっている
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関節運動学

肩関節では以下の3つの方向の運動が生じます。

  1. 屈曲・伸展
  2. 外転・内転
  3. 外旋・内旋

屈曲・伸展

肩関節の屈曲では、上腕骨頭の後方スピンが起こっています(下図)一方、伸展では前方スピンが起こっています。

また、屈曲には上腕骨頭の内旋が伴います。屈曲に伴い烏口上腕靭帯の伸張が起こり、上腕骨頭が内旋方向へ牽引されます。 肩関節の伸展により、関節包前部が伸張されます。それにより、肩甲骨の前傾が起こります。

外転・内転

上肢外転時には、上腕骨頭には上方回転と下方滑りの二つの関節内運動が生じています。

  • 上方回転
  • 下方滑り

肩関節外転時、運動軸の外側で上腕骨頭の上方回転が発生し、内側では下方滑りが理想的な比率で発生しています。

運動軸が上腕骨頭の中心にあります(内転では逆方向の運動が生じています)。 これら2つの関節内運動が適切な割合で生じることで、肩関節の挙上が正常に行われます。

しかし、インピンジメント症候群では、上方回転に対して下方滑りの割合が小さくなっています。

この異常な運動パターンは、関節周辺の軟部組織の状態に起因しています。

特に関節包の硬縮は、上腕骨頭の異常な運動パターンの主要因となります。

関節包の部分的硬縮等により、上腕骨頭の正常な運動が阻害されている場合、このように運動軸は関節面へと近づきます。

そのため、肩関節外転時には、上方回転が過剰に発生し、早期におけるインピンジメントが発生してしまいます(下図)。 上方回転、下方滑り

  1. 外転=上方回転+下方滑り
  2. 内転=下方回転+上方滑り

 

外旋・内旋

肩関節を外旋させた時、上腕骨頭では後方回転と前方滑りの2つの運動が発生しています(下図)。一方、内旋では前方回転と後方滑りが発生します。

【肩関節の上面図】

  肩外旋時の前方滑りが全く起こらなかったと仮定すると、肩関節を75°外旋させた時、上腕骨頭は約38㎜後方へ変位します。

関節窩の直径は25㎜程度であることを考慮すると、これは上腕骨頭が後方へ完全脱臼をするには十分な数字ということになります。

正常な肩関節の場合、完全外旋位において上腕骨頭は1~2㎜程度の後方変位が生じています。

また、肩関節の外旋では肩甲骨の後退、内旋では肩甲骨の前突が同時に起こっています。  

  1. 外旋=後方回転+前方滑り
  2. 内旋=前方回転+後方滑り

 

関連症状

インピンジメント症候群

インピンジメント症候群では肩関節の運動障害が起こっています。 肩関節の挙上(外転、屈曲)では、上腕骨頭に上方回転と下方滑りという2つの運動が起こっています(下図)。

しかし、インピンジメント症候群では下方滑りに対して上方回転がより大きな割合で起こっています。

そのため、肩の挙上に伴い上腕骨頭の上方変位が生じます。

肩挙上に伴う過剰な上腕骨頭の上方変位は、烏口肩峰下スペースの狭窄を引き起こします。

インピンジメント症候群では、上腕骨の大結節が肩峰や烏口肩峰靱帯と間接的に衝突(インピンジメント)しています。

その際、棘上筋腱や上腕二頭筋長頭腱が挟み込まれることで、これらの軟部組織に炎症が起こっています。

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五十肩

癒着性関節包炎の症状の特徴は、肩関節の痛みと可動域制限です。痛みは鋭い深部痛であることが多く、上腕外側から肘にかけて関連痛が現れることもあります。

発症初期の頃は夜間痛(痛みのために就寝中に目が覚める)を訴えるケースもあります。癒着性関節包炎の症状の進行には、以下の3段階があります。

  1. 凍結期
  2. 拘縮期
  3. 融解期

凍結期は症状(痛みと硬さ)が最も強く現れます。そのため、服の袖に腕を通したり、髪の毛を洗ったりなどの日常生活に支障をきたします。その次は拘縮期になります。

拘縮期では痛みが徐々に和らいでいきますが、症状の進行に伴い関節包の線維化が悪化するため、肩関節の可動域制限が顕著となります。最後の融解期は痛みも硬さも徐々に和らいでいき、症状は改善へ向かいます。

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関節運動学の勉強のためのおすすめ書籍

以下の2冊は関節運動学を理解するためにとてもよい教材となります。

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関連動画

 

参考文献

  1. lnman VT, Saunders JR, Abbott LC: Observations on the function of the shoulder joint. J Bone Joint Surg, 1994, 26:1 (http://bit.ly/2YYuh8T).
  2. Smith T, Immobilization following traumatic anterior glenohumeral joint dislocation. A literature review. Injury, 2006, 37:228-37 (http://bit.ly/2MbI85Z).
  3. Warner JP, Deng XH, Warren RF, et al: Static capsuloligamentous restraints to superior-inferior translations of the glenohumeral joint. Anaheim, CA, 1991, March (http://bit.ly/2MbI85Z).
  4. Schwartz E, Warren RF, O’Brien SJ, Fronek J: Posterior shoulder instability. Orthop Clin North Am, 1987, 18:409 (http://bit.ly/2MdlZE2).
  5. O’Brien SJ, Neves M, Rozbruck R: The anatomy and histology of the inferior glenohumeral complex of the shoulder.. Am J Sports Med, 1990, 18:449-456 (http://bit.ly/33sX6de).
  6. Turkel SJ, Panio MW, Marshall JL, et al: Stabilizing mechanisms preventing anterior dislocation of the glenohumeral joint. J Bone Joint Surg, 1981, 63A:1208-1217  (http://bit.ly/2H0o6Hm).

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