炎症とは?
炎症は人間が元来備えている本能的(原始的)な反応です。つまり、健康な人ならば持ち合わせている防御反応です。炎症反応のお陰で、私たちの身体はウイルスやバクテリアなどの外敵から守られています。また、損傷した細胞や化学物質を排除してくれています。
従って、炎症反応によって生成される炎症物質は怪我や外敵によるダメージから身体を守り、損傷部位を修復する役割を持っています。従って、炎症は私たちが生きていく上で、必要な反応なのです。
今まで説明してきたように、炎症反応は非常に重要な身体の自己防衛反応なのですが、マイナス面も持っています。それは、炎症によってがん細胞の増殖が促されてしまうことです。
炎症には発症のメカニズムによって、急性炎症と慢性炎症に分けられます。それでは、それぞれの炎症について見ていきましょう。
急性炎症とは?
外傷(打撲、捻挫)によって組織が損傷したり、外敵(ウイルス、バクテリアなど)の侵入があると、それに反応して細胞から炎症物質が分泌されます。
このタイプの炎症が慢性化することは、ほとんどありません。従って、長くても数日から数週間で収まっていきます。また、急性炎症はがんのリスクを高めることはありません。
慢性炎症とは?
一方、慢性炎症は、怪我などに起因する炎症とは異なり、いろいろな要因によって体内で生じる細胞レベルの炎症のことです。その名が示すように慢性的・持続的な炎症です。
上記で説明した炎症と比べると、炎症の持続期間がはるかに長くなる点で趣が異なります。がんとの関連性が強いのは、こちらの炎症になります。
慢性炎症は様々ながんの原因になることがわかっています(1. Philip M, 2012, http://bit.ly/2Aac0Z6)。また、がん細胞によって炎症反応が促されるため、それがさらにがん細胞の増殖を引き起こすこともわかっています(2. Balkwill FR, 2012, http://bit.ly/2yCIqcJ)。従って、がんの予防にとって慢性炎症の改善は大変重要なポイントとなります。
慢性炎症は消化管(食道、胃、小腸、大腸など)で起こります。食べたものにアレルゲン(アレルギーの原因となる物質、乳糖やグルテンなど)が含まれている場合に起こる炎症反応が、その代表的なメカニズムになります。
食物アレルギーによって生じる慢性炎症は、胃がんや大腸がんのリスクを高めることがわかっています。しかし、そのメカニズムは未だ完全に解明されていません。
また、自己免疫疾患(リウマチや慢性潰瘍性大腸炎、クローン病など)を患っている場合も身体の中では慢性炎症が起こっています。
クローン病は大腸がん、逆流性食道炎は食道がん、C型肝炎(アルコール摂取も含む)は肝臓がんとの関連性が強いと言われています(クローン病患者が大腸がんに罹る割合は、そうでない人に比べ5倍から7倍高いと言われています(3. Ekbom A, 1990, http://bit.ly/2AuqtiU))。具体的な炎症性疾患と関連性の強いがんの種類については、以下の表をご参照ください(表1)。
最後に慢性炎症はがんだけでなく、アルツハイマー病や糖尿病、心筋梗塞、さらに脳梗塞などの発症リスクを顕著に高めることもわかっています。
炎症性疾患 | 関連性の強いがんの種類 | 原因 |
胃炎 | 胃がん(胃腺癌)、MALTリンパ腫 | ピロリ菌 |
住血吸虫症 | 膀胱がん、肝臓がん、直腸がん | 住血吸虫 |
胆管炎 | 胆管がん、結腸がん | 肝吸虫、胆汁酸 |
慢性胆嚢炎 | 膀胱がん | バクテリア、胆石 |
肝炎 | 肝臓がん(肝細胞がん) | B型およびC型肝炎ウイルス |
骨盤内炎症性疾患、慢性子宮頚管炎 | 卵巣がん、子宮頸がん | 淋病、クラミジア、パピローマウイルス |
骨髄炎 | 皮膚がん | バクテリア |
炎症性腸疾患 | 大腸がん | |
逆流性食道炎 | 食道がん | 胃酸 |
膀胱炎 | 膀胱がん | 長期に及ぶ尿道留置カテーテル |
石綿症、珪肺症 | 悪性中皮腫、肺がん | アスベスト、シリカ(二酸化ケイ素) |
歯肉炎、扁平苔癬(皮膚・口内粘膜の疾患) | 扁平上皮がん(上皮性の悪性腫瘍) | |
気管支炎 | 肺がん | 喫煙 |
橋本病(慢性甲状腺炎)、シェーグレン症候群(涙・唾液の分泌傷害) | MALTリンパ腫(粘膜付随のリンパ組織に発生する腫瘍) |
ずる賢いがん細胞
がん細胞は、正常な細胞の遺伝子に傷がつく(遺伝子のエラー)ことで発生します。がん細胞がいったん生じると周囲の酸素や栄養素を吸収して成長していきます。
そして、成長に伴いよりその需要量は急増します。急増した需要量を補うために、がん細胞は炎症反応を巧みに利用します。
がん細胞が大きくなるにつれて遺伝子のエラーもどんどん蓄積していきます。そして、ある段階になるとがん細胞は化学的シグナルを出し始めます。
この化学的シグナルは免疫細胞(マクロファージや顆粒脂肪(または顆粒球))を引き付ける力を持っています。
次の段階において、がん細胞からはサイトカインと呼ばれる炎症物質が分泌されます(つまり、がん細胞の周りには炎症反応が起こり始めます)。
がん細胞の目的は、自ら炎症反応を引き起こすことにより、体中の血液をかき集めることです。つまり、かき集めた血液に含まれる酸素や栄養素を取り込んで、さらに成長(増殖)するためなのです。
このように、がん細胞は炎症反応を悪賢く利用することで、栄養素を取り込み、どんどん勢力を拡大していきます。
私たちの身体の中で慢性炎症が起こっていたとしたら、どうなるでしょうか?がん細胞の成長(増殖)を助けることになると思いませんか?
これが、慢性炎症ががん細胞の増殖を促進するメカニズムです。
それでは、次に慢性炎症の具体的な原因について解説していきます。
慢性炎症の原因にはさまざまなものがありますが、ここでは特に腸内環境と慢性炎症の関係について見ていきたいと思います。なぜなら、腸内環境の悪化が慢性炎症を引き越してしまっているケースが比較的多いからです。
腸に穴が開く?
リーキーガット症候群という症状を聞いたことがあるでしょうか。英語だと“Leaky gut syndrome”と書きます。Leakyは、「情報がリーク(Leak)する」などと日本語でも言いますが、Leakの形容詞で“漏れている”という意味。そして、Gutは内蔵(特に大腸や小腸などの消化管)という意味です。Syndromeは「症候群」ですから、リーキーガット症候群は、「腸漏れ症候群」ということになります。
腸から漏れ出すということは、ある程度の大きさの穴が開いていなければなりません。つまり、リーキーガット症候群では、腸管に微細な穴が開いています。
しかし、腸管にはもともと小さな穴が開いており、そこから栄養を吸収しています。従って、正確にはもともとあった穴がより大きくなっている状態です(図1A、B)。
腸の内容物が漏れ出すことなく、正常に消化・吸収が行われている
リーキーガット症候群に罹ると、今までは通過できなかった大きな塊(分子)が、腸管から漏れ出るようになります(正確には粘膜に隙間が空き、そこから腸の内容物が漏れ出します)。
すると、身体はそれを異物として反応します。つまり、アレルギー反応が起こります。
粘膜のすき間から腸の内容物が漏出していく様子
慢性炎症と腸内フローラ
大腸や小腸に慢性炎症が起こると、腸内フローラのバランスが崩れます。また、大腸菌は炎症反応の悪化と共に増殖します。事実、大腸菌は炎症性腸疾患(潰瘍性大腸炎とクローン病の総称)や大腸・直腸がんの患者の大腸により多く分布しています。
従って、腸内フローラのバランスを整えておくことが、慢性炎症の予防にとって大切であり、ひいてはがんの予防にもなります。ちなみに、肥満も慢性炎症を引き起こすことがわかっています(4. Belkina AC, 2012, http://bit.ly/2IVQhHb)。
腸内フローラとは?
腸内(大腸と小腸)には、約1000兆個もの細菌が生息しています。これは重さにすると1kgから2kgにもなります。
腸内に生息している細菌は、善玉菌、悪玉菌、日和見菌の3種類であり、これらの腸内細菌が種類ごとに分かれて腸壁に張り付いています。ちょうどお花畑(フローラ)のように見えることから、これらの細菌群を腸内フローラと呼んでいます。
善玉菌と悪玉菌、そして日和見菌の理想的なバランスは2:1:7と言われています。このバランスが崩れ、悪玉菌が増えてくると腸の機能が低下します。
そして、悪玉菌の勢力が強くなると、今まで中立の立場であった日和見菌が悪玉菌に変化し、ますます悪玉菌の数が増えます(日和見菌は腸内環境によって、善玉菌にも悪玉菌にも変化します)。
悪玉菌が優勢のとき、腸内では炎症反応が起こっています。また、腸の内容物の腐敗が進み、便秘や下痢などの原因になります。
慢性的な炎症を改善させるカギは食事
ずばり医食同源です。食事に気を付けることで、体内での炎症反応を改善させることができます。例えば、トランス脂肪酸や糖質(特に果糖)は炎症を誘発します。一方、オメガ3、ガンマリノレン酸(GLA)などの脂質は炎症を改善させます。
青魚などに豊富に含まれるオメガ3は炎症を改善させるだけでなく、抗酸化作用も持っていることがわかっています(特に魚の皮には多くのオメガ3が含まれているので、残さず食べるようにしましょう)。
また、ビタミンDも腸内フローラの環境改善にとって大切です。最近のリサーチによると、ビタミンDはクローン病や潰瘍性大腸炎のような、炎症性腸疾患の改善にとっても重要な栄養素であることがわかっています(ビタミンDは紫外線に触れることによっても体内で合成されます)。
またビタミンA、C、Eなども同様に強力な抗酸化作用を持っています。
特にビタミンAは細胞の分化・成長にとって非常に重要な栄養素であるため、がん細胞の発生リスクを低減させる可能性があります(5. Okayasu I., 2016, http://bit.ly/2AC5A5a)。
健康な腸内フローラのための生活習慣
生活習慣は大まかに以下の3つに分類できます。
- 食習慣
- 運動習慣
- 睡眠習慣
食習慣
腸内フローラを良好に保つためには、善玉菌を増やす必要があります。そのためには、精製食品を避け、納豆や漬物、キムチ、ヨーグルトなどの発酵食品を積極的に食べるようにします。
なるべく多くの種類の発酵食品を食べることをお勧めします。もし、どうしても食べられないという人は、プロバイオティックスのサプリメントを摂取してみてください。
しかし、発酵食品を十分摂取していたとしても、メインとなる食事が不適切であったら、腸内環境の改善は見込めません。例えば、精製食品は悪玉菌を繁殖させ、腸内フローラの状態を悪化させることがわかっています。また、以下のものも腸内フローラの状態を悪化させるので、注意が必要です。
- 抗生物質
- 農薬
- 人口添加物
また、消化酵素を多く含む食事を心がけるようにしてください。上記で説明した発酵食品の中にも消化酵素は含まれていますが、それ以外の食品では野菜(キャベツ、ブロッコリーなど)や果物(マンゴー、パパイヤなど)に多く含まれています。
ただし、消化酵素は40℃以上で加熱処理してしまうとその機能を失ってしまうので、生で食べる必要があります。
消化酵素もサプリメントで摂取することができますので、興味のある方はぜひ試してみてください。
そして、意外と大切なことは、食べる時間を毎日同じにすることです。そうすることで、腸のリズム(自律神経のリズム)が次第に整ってきます。
運動習慣
できれば毎日30分以上の運動を心がけます。運動の種類は特に関係ありませんが、全身運動がより理想的です(ジョギング、水泳、ウエイトトレーニングなど)。
運動により代謝を上げ、血液の流れをスムーズにし、体力をつけると内蔵の機能も向上していきます。また、運動は慢性炎症の改善に効果があることもわかっています。
睡眠習慣
まずは早寝早起きを心だけ、睡眠のリズムを整えていきましょう。これも毎日同じ時間に寝て、同じ時間に起きるようにします。最初は睡眠の質は気にしなくても結構です。眠たくなくても同じ時間に布団(またはベッド)に入るようにしてください。すると、徐々に睡眠の質があがっていきます。
しかし、上記の中でも特に食習慣は要になってきます。また比較的効果をすぐに体感しやすいので、モチベーションも維持しやすいと思います。それでは、次に慢性炎症を改善させるための具体的な栄養素について説明していきます。
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様々な要因(原因)により、炎症性サイトカインという化学物質が細胞から生成されます。炎症性サイトカインは一旦生じると一つ所にはとどまらず、血管に溶けだし、体中を駆け巡ります。 身体のあちこちが痛むという方がいるが、そのような症状も慢性炎[…]
参考文献
- Philip M, Rowley DA, Schreiber H. Inflammation as a tumor promoter in cancer induction. Semin Cancer Biol. 2004; 14:433–9. [PubMed: 15489136]
- Balkwill FR, Mantovani A. Cancer-related inflammation: common themes and therapeutic opportunities. Semin Cancer Biol. 2012; 22:33–40. [PubMed: 22210179]
- Ekbom A, Helmick C, Zack M, et al: Ulcerative colitis and colorectal cancer. A population-based study. N Engl J Med 323:1228-1233, 1990 [http://bit.ly/2AuqtiU]
- Belkina AC, Denis GV. BET domain co-regulators in obesity, inflammation and cancer. Nat Rev Cancer. 2012; 12:465–77. [PubMed: 22722403]
- Isao Okayasu, Kiyomi Hana, Noriko Nemoto, Tsutomu Yoshida, Makoto Saegusa, Aya Yokota-Nakatsuma, Si-Young Song, Makoto Iwata, Biomed Res Int. 2016
【瞑想歴19年】33歳の時、インドに3か月滞在。1日12時間のヴィパッサナー瞑想を行う。それ以来、朝晩の瞑想は欠かしていない。
【カイロプラクティック歴22年】大学卒業と同時に渡米。カリフォルニア州のカイロプラクティック免許を取得しLAにて10年臨床経験を積む。オリンピック帯同経験あり。2007年に帰国。プロフィール詳細はこちら