ド・ケルバン腱鞘炎(de Quervain tenosynovitis)の原因・症状・治療法

ド・ケルバン腱鞘炎は、スイス人外科医(Fritz de Quervainにより1895年に命名されました。狭窄性腱鞘炎とも呼ばれ、腱鞘炎の一種です。母指の付け根に鋭い痛みが現れます。

手首をひねったり(回内または回外)、物を掴んだりすると痛みが増悪します。

この疾患は30歳代から50歳代の女性に多く認められ、特に出産の4週間後から6週間後に発症する傾向があります(男性の0.5%、女性の1.3%(1. Walker-Bone K, 2004))。

症状

ド・ケルバン腱鞘炎の症状は以下の通りです。痛みは母指の付け根に局在していることが多いですが、症状の悪化に伴い前腕にかけて広がる場合もあります。

  • 母指側手首(母指の付け根)の痛み
  • 橈骨茎状突起周辺の腫脹
  • 母指の運動(物を掴んだり、広げたりなど)に伴う痛みや捻髪音

原因

物理的要因

ド・ケルバン腱鞘炎の明確な原因はわかっていませんが、痛みや腫脹の原因構造は母指に付いている腱(長母指外転筋、短母指伸筋)と腱鞘に起因しています(図1)。

図1

 

これらの構造は第1コンパートメントの線維骨性トンネルの下を走行しており、過剰な反復動作(マイクロトラウマ)により腱(または腱鞘)の炎症が生じる可能性があります(図2)。

図2 手関節遠位部

 

さらに炎症による組織の腫脹が、トンネル構造のさらなる狭窄を引き起こし症状の増悪を引き起こします。

また、直接的な打撲などの傷害(マクロトラウマ)が原因となることもあります。この場合、母指周辺の軟部組織の損傷により、炎症が誘発されます。

しかし、最近の研究によるとド・ケルバン腱鞘炎は、腱炎(または腱鞘炎)と言うよりはむしろ腱症と言った方が適切かもしれません。

なぜなら、病理学的研究によると、ド・ケルバン腱鞘炎の患者の腱では、コラーゲン組織の線維化が認められているからです(2.Sawaizumi T, 2007, http://bit.ly/2UJJAgF, 3. Zingas C, 1998, http://bit.ly/2BfvWcf)。

腱や腱鞘の線維化により、これら組織の肥厚(変性)が起こり、組織間の摩擦が発生しやすくなり、それがさらなる線維化を進行させることになります。

 

コンパートメント
1 長母指外転筋、短母指伸筋
2 短橈側手根伸筋、長橈側手根伸筋
3 長母指伸筋
4 示指伸筋、総指伸筋
5 小指伸筋
6 尺側手根伸筋

ホルモンバランス要因

エストロゲン分泌障害(過剰分泌または不足)も、ド・ケルバン腱鞘炎のリスク要因と考えられています。

乳がんの治療薬としてアロマターゼ阻害剤やタモキシフェンが使われることがありますが、これらのホルモン剤には、筋骨格系に起因する症状(痛みなど)の増悪、骨密度の低下などの副作用があります。

また、産後にド・ケルバン腱鞘炎を発症するケースも散見されます(ベイビーリスト)。このようなケースで考えられる要因は、以下の2通りになります。

  1. 乳児の世話(頻繁に抱きかかえるなど)により手首に機械的負荷が反復して加わることで発症
  2. 妊娠に伴うホルモンバランスの変化により発症

代謝異常要因

糖尿病などにより高血糖状態が長く続くと、末梢神経・血管の変性が進行します。変性は神経や血管だけにとどまらず、筋肉や腱、靱帯などにも広がります。

そのため、糖尿病患者には腱鞘炎が好発すると言われています。糖尿病患者のド・ケルバン腱鞘炎は、徒手療法による反応も悪く、予後経過も芳しくありません。

検査

フィンケルシュタインテストが、代表的なド・ケルバン腱鞘炎の検査法です(図3)。

図3

 

母指を包み込むように拳を作ります。拳のまま手首を小指側に向かって倒します(手首の尺屈)。

その際、鋭い痛みが母指の付け根に現れれば陽性反応であり、ド・ケルバン腱鞘炎の可能性があります。

治療

橈骨舟状骨間関節

ド・ケルバン腱鞘炎では、橈骨舟状骨間関節のサブラクセーションが好発します。手関節の背屈や橈屈の可動域制限や痛みが生じる場合、その可能性があります。

特にスナッフボックス(解剖学的嗅ぎタバコ入れ )に圧痛が触診される場合、舟状骨のサブラクセーションを示唆しています。

長母指外転筋・長母指伸筋

長母指外転筋・長母指伸筋の腱と腱鞘には炎症が生じています。炎症に伴い組織の腫脹が発生し、腱鞘の狭窄が起こっています。

また指先の反復動作を続けることで、症状が慢性化し組織の線維化が進行します。その場合、フリクションクロスや筋膜リリースなどで対応します。

これらの筋肉のストレッチをホームエクササイズとしてやってもらうようにします。

橈骨神経

フィンケルシュタインテスト陽性の鑑別診断の一つが、橈骨神経の絞扼障害です。

この場合、橈骨神経浅枝が腕橈骨筋腱の下で絞扼されている可能性があります。従って、治療は橈骨神経浅枝の神経モビリゼーションを行います。

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参考文献

  1. Walker-Bone K, Palmer KT, Reading I, Coggon D, Cooper C: Prevalence and impact of musculoskeletal disorders of the upper limb in the general population. Arthritis Rheum 2004, 51:642-651.
  2. Sawaizumi T, Nanno M, Ito H. De Quervain’s disease: efficacy of intra-sheath triamcinolone injection. Int Orthop. 2007;31(2):265-8.
  3. Zingas C, Failla JM, Van Holsbeeck M. Injection accuracy and clinical relief of de Quervain’s tendinitis. J Hand Surg Am. 1998;23(1):89-96.

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